■タケノコの季節ですね。みなさん召し上がりましたか?
小さいころ、タケノコの皮に梅をつつんで、なめて遊んだんですけど、…やらなかった!?えっ?貧乏くさい?(笑
たしかに、何が面白くてなめていたのか分かりません。だいぶローカルな遊びです。
たけのこを水煮にして缶詰にする程度なら、個人規模でもできるそうです。缶詰工場みたいで面白いですね。たけのこが出る地域の方が、「たけのこは食べきれないから」と、取れたその場で、1本だけを残して、あとは早々と缶詰にしていました。都会の方からすれば「もったいない」のでしょうけれど、私は“いさぎよい”と思いました(笑
タケノコの味噌汁が好きです。
あと、カレーの具にするのも好きです。タケノコ、わかめ、エシャロットの上の部分(←呼び方がわからない。白くない部分です)を具にした、かなり辛めの家庭カレー。ワカメの、とろっとした食感と、海藻の豊かな風味がタケノコの春に似合います。
コツは、醤油をほんの5~10滴、わからないほど微量、入れることです。全体の風味が整い、なじみます。辛さをプラスするなら市販のルーに赤とうがらし(レッドペッパー、一味)を足します。赤とうがらし+油モノは、ワカメに合います。
煮るとき、ショウガとニンニクを少量すりおろしたりしてね♪
カレーうどんにしても美味しいです。
みつばを薬味として上に添えると、より雰囲気が出ます。
タイ料理のカレーにもタケノコが入っていたりしますが、日本の春らしさをアピールするには、タケノコわかめの家庭カレーですね。
エシャロットの上の部分の代用として、新タマネギの葉?かな?上の部分(これまた呼び方がわからない)でも美味しいでしょう。※「芽」は毒ですので間違えて食べないように。葉はあまり売っていないので、百歩ゆずって普通のタマネギでもOKです。
タケノコは下ゆでが必要ですが、手間がかかるだけの美味しさもあるので、がんばって調理したほうがよい。と自分に言い聞かせて調理します。っていうほどたいした作業じゃないんだけどね(笑
…そうだ、タイカレーで思い出した。
前にも書いたかな? 有楽町のタイ料理屋さんで、タケノコ入りのメニューがあるんだけど、それが超クサイとかで、メニューに「※初心者は注文禁止!とてもクサいです」っていう忠告が書いてあって笑いました。店側のギリギリの思い…忠告はしますけれども本当はそれでもやっぱり食べて理解してほしいという強い思いがあったであろう、その心意気。そこに積極性を感じます。
もちろん注文しました。
私は大丈夫です、どんなものでも美味しく食べる才能がありますから、大丈夫なんですけど、そのカレーは本当にクサかったので面白かったです(笑
タケノコの強烈なニオイがする激辛な味でした。ましてや、そこにサバ?らしき魚が入っていて、それもニオイ源です。タケノコとサバで、ニオイ源1とニオイ源2って感じで。同席した知人は「これを食べる意味がわからない」と言いましたが、そんな思考能力すら奪うほどのすさまじい威力を感じます。私は好きです。そして、この味を愛するタイ人もすばらしい精神性だと思いました。パンチが効いていらっしゃいますね。(笑
※デジカメが故障中なので、画像ナシCMで失礼します。
<CM>
“キュートにはずむシャンパンゴールドの髪”
●ミュズレ シャンパンシャルドネ(ヘアフレグランス)2000円 …安いよ☆
■今月から考古学に興味をもちました。「今月から」ね。つまりインスタントな興味なわけですが(笑)そこはどうか許していただきたい。
昔のことって面白いですね。
子供のころは、考古学という存在を、お年寄りっぽい趣味だと思っていました。ごめんなさい。反省しています。
太古の日本の魅力を知ってみたいと思いました。
日本史で赤点をとりつづけた私が・・・何のきっかけもなく、ふいに興味なんかもってしまって。人生わからないもんです。
大昔の日本、おそらくそこには美しい香りの破片があったはずです。破片というのは比喩的な表現で、エッセンスですね。
いろいろな方が著しておられる昔ながらの香り文化や宗教や香道、それらも大変勉強になりますし、多数のご著書に感謝して拝読しました。
それをふまえた上で、現在の自分は、あえてもっと古いものに着目させていただいてます。
文化背景のある形式的な香り、いわゆるファッションじゃなくて、もっと純粋な香りの存在があったと思うのです。香り、あるいは、香りにつながるエッセンスが。
このあいだ、「日本の香り」国際的な意味での日本の香りについて、香り関係の方とお話をしました。
たわいもない雑談でしたが、そのときに「国際的な日本の香りのモチーフ(あるいはアイテム)になるもので、何か良い案はないものかねぇ?」と私にたずねてくださいました。…こういうとき、パッと思いつくのが私の特技なのですが(笑)このときはダメでしたー。
サクラ、フジヤマ、キモノ…日本の誇りですが、こういう使いまくったモチーフじゃなくて、他の何か…。
おそらく、「こんなのはどう?これはいかが?」と複数から選択するのではなく、「これしかない!!」これだ!これだね!!っていう決定的なものが「ある」であろうと私は直感的に思ったのですが、しかしそれが「何なのか」が分からないというありさまでして…。故障した電卓みたいな使えなさというか、なんとも無力な自分がなさけない(笑)「いつもだったらパッと軽く答えちゃうオレちゃんなのに」ダメです浮かびませんでした。
今月に入って急に考古学に興味が出て、その直後に、上記の「日本の香り」のヒントが大昔の日本に隠れているのではないか、と思いました。
あるいは、日本の香りという狭い範囲にとどまらない、とも考えられます。普遍的なものは範囲を選ばないからです。
・・・とにかくワクワクする感じなので、できるだけ資料をあつめてみようと思います。
大昔の日本人はとても純心だったと思います。
香りにたいしても、他の地域(国々)とは違った感性で観察していたであろうと思うし、そう信じたいです。それは、日本人をヒイキしてるわけではありません。そういった優劣ではなく、もっと大きくて普遍的な要素です。そういうものが太古の日本に存在したのではないか、ということです。
香りの文化発達の面では、日本は比較的遅れていると言われているようですが、長い長い歴史の中で見ると、他の何らかの代行エッセンスがあったかもしれません。それは香りアイテムではない他の間接的な存在だったかもしれませんが、それをモールス信号のように現代の「香り」というものに変換させると、驚きの事実が浮かびあがる…かも!?というロマンを感じます。これはもう理屈抜きの『男の雄大なロマン』なんです。女ですけど。
今日の香りアイテムにつながる何らかのエッセンスが、大昔にあった、あってほしい、というか見つけたい。そう考えるようになりました。今月からね。(笑